生活保護の正確な情報を広く伝えたい。藤田孝典著「下流老人」を読んで。


藤田孝典著「下流老人」を読みました。20万部を突破し、今でも売れ続けています。
 
以下、10年以上生活保護の実務に携わる当サイト管理者による感想です。あくまでも主観に基づくものです。 

日本のセーフティーネットの弱さが知られていない

著者である藤田氏は、普通に暮らしていた人々がほんの些細なきっかけから、生活保護水準へ転落していく実例を様々紹介しています。これは現場にいる私も実感しています。
 
アルバイトでそれなりに生活できていた人が体調を崩したが、治療代を支払う余裕もなく、さらに体調を悪化させて仕事ができなくなり、生活保護の申請に至る事例。これなど、生活保護の最前線にいると、もはや「日常的な出来事」です。
 
また、日本の年金支給額の低さが知られていないとの藤田氏の主張も同感です。何とか65歳まで食いつないできた。もう仕事もないので年金の世話になろうとしたが、とても年金だけでは暮らしていけないので生活保護を申請した、という事例も現実に数多くあります。
 
これらの根底には、日本の社会保障制度の脆弱さが知られていないことがあると思います。大企業であっても、いつ人員整理があるか分かりません。このような世の中では、公務員や一部の優良大企業勤務者を除くほとんどの人が、常に生活保護水準への転落の危険性と隣り合わせであると言っても過言ではありません。
 
しかしこのような事実を一体どれだけの人が知っているのでしょう。ほとんどの人が、自分だけは大丈夫、と信じているのではないでしょうか。
 

生活保護受給者に対する偏見、差別を解消するためには

このように生活保護を受けることで、バッシングや差別を受ける状況が続けば、たとえ生命の危機に直面した状況であっても、申請しない(したがらない)人が増えることも想定される。すでに、申請さえすれば、生活保護を受けられる高齢者の多くが、差別されてまで受けたくないと考えている。このままでは生活保護制度に対する不信感が募るばかりで、必要な人々にさらに生活保護が行き渡らなくなる可能性がある。(「下流老人」134ページ)
 
藤田氏は、生活保護制度への偏見や差別があるために生活保護制度が十分に活用されていない、と述べています。
 
私の実感しても、生活に困窮していながら、 周囲や親族の目などを気にして生活保護を申請しない、という人は確かにいます。
 
実際に生活保護の相談に来る人の中にも、もう少し早く相談に来ればここまで状況が悪化する前に救えたのに、と感じる場合があります。
  

今後の社会保障制度のあるべき姿とは

藤田氏は、今後取り組むべき施策として、「無料低額診療事業」の周知と利用、予防策として「任意後見制度」の周知と利用、住宅費の補助制度の創設などを提言しています。また、「生活保護の保険化」というかなり思い切った策も提言しています。
 
確かに、「無料低額診療事業」や予防策としての「任意後見制度」は現在ある制度であり、上手く使えれば生活保護に至らず救済させる場合はあるでしょう。ただし、無料低額診療事業には、一定の利用期間が定められており、これらの制度は生活保護水準への転落を防ぐ特効薬にとはならないでしょう。
 
生活保護制度を介護保険制度のように保険料賦課方式にするというのは、藤田氏自身も述べているように奇策ではありますが、これぐらいしないと生活保護制度への偏見はなくならないという藤田氏の主張も一定理解できます。
 

生活保護制度への偏見はなくせない。

しかし、私は、生活保護制度への偏見をゼロにすることは不可能だと考えています。この点、藤田氏とは見解が異なります。
 
生活保護制度を広く周知するのはいいことだと思います。しかし、生活保護制度を介護保険料制度などと同じような完全な権利意識で利用できる制度にしてしまっていいとは思えないのです。生活保護制度の前には、やはり一定の心理的な壁があってよいと思うのです。
 
今、介護保険制度は限界を露呈し始めています。あまりに使いやすい制度であるが故に、収支が悪化し、制度の根幹を揺るがせています。これで介護保険制度自体が破たんしてしまっては元も子もありません。たとえ制度自体は破たんしなくても、一般の人が日常的に使えないような高額なサービス料になってしまっては、破たんしたも同然です。
 
総人口は減少。高齢者は増加。労働人口は減少。こんな右肩下がりの日本において社会保障制度を維持していくためには、少なくとも生活保護制度には心理的な壁が必要ではないか、というのが私の見解です。
 
ただし、これはあくまでも「心理的な」壁であって、「制度的な」壁であってはなりません。保護を申請しようとすればいつでもできる制度ではあり続けるべきです。
 
また、私は、生活保護制度が最後のセーフティーネットである限り、そこから後ろめたさを取り除くことは不可能だと考えます。それが望ましいかどうかは別として、最底辺の制度には常に差別や偏見がセットでついてくる。これは変えられないと思います。
 
社会の最底辺の人達への差別や偏見をなくすというのは、世界から貧困をなくす、世界から戦争をなくす、ということと同じで、現実には不可能です。
 
私は、このような見解に立った上で、生活保護制度をはじめとする社会福祉の諸制度についてこれからも情報発信を続けます。
 
生活困窮者のうち、どれだけの人がインターネット上の情報へアクセスできるのかは分かりません。しかし、私は私にできることを、これからも地道に続けていきます。 
  

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コメント

  1. にっしー より:

    良いですね!是非普及活動進めて下さい!(不正受給者は増えないように!笑)
    私もお世話にならないようにというか、やはり世間に対して後ろめたい部分はありますので、受給しなくて良いように頑張ります!

  2. 10年ワーカー 10年ワーカー より:

    にっしーさん、コメントありがとうございました。これからも、行政の側から見た生活保護の実態について、可能な限り発信していきます。よろしくお願いします。